そこに太陽があるだけで、暖かくなるように、楽しくなるように、優しくなるように。 毎日が日曜日、毎日が夏休み。そんな人に、私はなりたい。
昭和の人間アピールタイム

昭和の人間アピールタイム

「4/30は郵便局に人なんか並んでなかったのにニュースに出た途端に2時間待ちや!」とのこと。父は幸せな老後を送っているようです。

昭和の人間の矜持として、薄れゆく記憶をメモしておこうと思います。

・嵐電「北野白梅町」駅のすぐ側に『ホワイト・キャッスル』というハンバーガー屋さんがあって、真っ白な店舗にお城みたいな外観が気恥ずかしくてよかった。編まれた籠の中にキッチンペーパーが敷かれ、その上にハンバーガーが乗っていて洋食っておしゃれだなって思った。味は覚えていない。(幼稚園から小学校低学年?)

・新京極に『森永ラブ』があった。どれも200円以下だったような気がする。シナシナのポテトが好きだったはずなのに味が思い出せない。(小学校高学年から中学校?)

・ミナミの戎橋(ひっかけ橋)にあった『ハーゲンダッツ』。メリーゴーランドに乗りながらアイスを食べることができてトイレは歌い出すしで楽しかった。(大学生)

・父親に連れられて路面電車(京都市電)に乗った。カッコイイ!外国みたい!と思ったのにその後二度と乗ることができなかった。京都駅の向こうだった気がする。普段行かない遠いところで乗った。(幼稚園以前?)

・堀川通りに大きな川があり、五条から今出川ぐらいまで続いていた。四条堀川ではほとんど水が流れてはいなかったけど、タンポポとかスミレとか咲いてて下に降りるのが好きだった。今は8車線ほどの道路になってるけど半分ぐらいは土手。チョロチョロ水が流れてた。(幼稚園から小学校低学年?)

・『嵐山モンキーパークいわたやま』の檻がなかった時代のお猿さんが怖かった。前を歩いていた人が一瞬でスーパーの袋ごと猿に持って行かれ、自分が持っているみかんがお猿さんにバレないか緊張した。今は人間が檻に入るようになりお猿さんこそがこの地域の主人公であることが証明されている。(幼稚園?)

・「PANDA EXPRESS」日本上陸!ってニュースになってたけどミナミ近辺のフードコートとかに普通にあった気がする。(大学?)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA