
『春宵十話』岡 潔 (著)
60年に文化勲章を受章した数学者の岡潔さんの随筆。1963年に書かれた本で、数学と芸術における情緒についての考えが情緒溢れる文章で表現されています。
よく人から数学をやって何になるのかと聞かれるが、私は春の野に咲くスミレはただスミレらしく咲いているだけでいいと思っている。咲くことがどんなによいことであろうとなかろうと、それはスミレのあずかり知らないことだ。咲いているのといないのとではおのずから違うというだけのことである。
理想とか、その内容である真善美は、私には理性の世界のものではなく、ただ実在感としてこの世界と交渉を持つもののように思われる。芥川竜之介はそれを「悠久なものの影」ということばでいいあらわしている。
キャベツを作る方は勝手口で、スミレ咲きチョウの舞う野原、こちらの方が表玄関なのだ。情緒の中心が人間の表玄関であるということ、そしてそれを荒らすのは許せないということ、これをみんながもっと知ってほしい。
ある時期は茎が、ある時期は葉が主に伸びるということぐらいは、戦時中みんなカボチャを作ったから知っているはずだが、人間というカボチャも同じだとは気がつかず、時間を細かく切ってのぞいて、いいとか悪いとか、この子は能力があるとかないとかいっている。
教育は渋柿に甘柿を接木するようなもの。だからその成長は遅ければ遅いほど良い。
情緒や調和を理解できる人が今の日本にも沢山いますように。みんなが不幸になっていっているなんて思いたくないのです。