そこに太陽があるだけで、暖かくなるように、楽しくなるように、優しくなるように。 毎日が日曜日、毎日が夏休み。そんな人に、私はなりたい。
『イギリスの夫婦はなぜ手をつなぐのか』井形 慶子 (著)

『イギリスの夫婦はなぜ手をつなぐのか』井形 慶子 (著)

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『イギリスの夫婦はなぜ手をつなぐのか』井形 慶子 (著)
「本命の恋人ができたから、子どもを連れて彼の家で暮らすわ」と家を出て行った妻が半年後に同居している恋人と結婚すると伝えてきた。「ただし彼には収入がないので養育費を送り続けて欲しい」と。そんな勝手な話があるかと告げられた住所に訪ねて行くと、相手の男は車椅子にすわった70代の老人だった。
相手は典型的なイギリスの高齢者で、とりたててハンサムでもなく、腹の出た白髪の老人。妻と子どもが住む家は労働者階級がひしめく公営住宅。地元の工場を点々とした老人の経歴からは仕事の才覚すら感じられない。
この老人に子どもを任せていいのか、妻と別れてしまっていいのか。彼は混乱する。ただ明らかに違っていたのは、妻と子どもたちが以前よりもとても幸せそうな表情をしていたことだった。そして何度か家を訪ねるうちに、彼は気づく。老人の温かな視線は、いつも妻を見つめていることに。それは、孫ほど年の違う子どもたちにも注がれていた。
常に自分を中心に考え、妻と子どもを幸せにできていなかった。夫として至らなかった自分を認めた彼は、子どもたちにも今も毎月養育費を払い続けているという。
このエピソードがとても気に入りました。
夫だから妻だから、ではなく、愛しあっているから共に生活し、経済的に支えることができる人が養育費を出す。シンプルでいいね。

1件のコメント

  1. このエピソード、最初は「えっ!?」って思ったけど、アリかも。
    「小我」ではなく「大我」
    夫婦だとか、血の繋がりだとかを越えて自分にできることをする。
    かっこいいわ。

    セニョールⅢ世

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