西武池袋線に乗ろうとしたところで人身事故。運転再開まで約30分だとか。10日前は電車に乗り込んだところで人身事故が発生。あの時は読書中の本が面白かったのでそのまま読み耽った。
東京に住んでいると、ある種の不幸な出来事に対して無関心になる。いつも乗る路線で、近場で人身事故が起きても、携帯に依存しているから、自分の携帯が鳴り響かないから、まったく自分の世界には関係がないような。確実に起きている不幸に無関心でいられる感覚を、知らずと身につける。
そして今日は、
私が今から40分ほどの間に、一件の仕事の確認電話と、数件の学校からの電話、整理しておきたい事柄が幾つかあるから、静かで、私好みのお店を新規探索して、40分ほど滞在する。
現場検証を遠く遠く離れて。
そして今、
お店の人と私の服や最近の電車について世間話をし、電話をかけることを伝え、写真撮影の許可をもらい、そして電話をかけ、電話をうけ、また電話をかけ、事柄を整理し、食べ終わり、モブログして、運転再開の頃にお店を出る。
今朝、乗換駅に着いてドアが開き、電車あら降りようとしたとき、
近くの席から立ち上がった女の子がそのまま床に倒れた。
声を掛けようとしたら、その子はそのままうつぶせになって、
何か気絶したような感じ。
「これは駅員を呼ぶべきだ!」
僕は車内の非常ボタンを押して、ドアから半身を乗り出し
駆けてくる車掌に手を挙げて「こっちです!」と。
「どうしました!」という車掌に、その子が倒れている場所を指で指し示そうと振り返った、その瞬間、僕は目を疑ったのです。
女の子が消えている!
周りの人を見ると
「あ、その子ならもう行っちゃったよ」
ふと見ると、スタスタと歩く後姿。
今日の言葉「非常ベルのプラスティックのカバーは、結構簡単に押し込める」
今朝、乗換駅に着いてドアが開き、電車あら降りようとしたとき、
近くの席から立ち上がった女の子がそのまま床に倒れた。
声を掛けようとしたら、その子はそのままうつぶせになって、
何か気絶したような感じ。
「これは駅員を呼ぶべきだ!」
僕は車内の非常ボタンを押して、ドアから半身を乗り出し
駆けてくる車掌に手を挙げて「こっちです!」と。
「どうしました!」という車掌に、その子が倒れている場所を指で指し示そうと振り返った、その瞬間、僕は目を疑ったのです。
女の子が消えている!
周りの人を見ると
「あ、その子ならもう行っちゃったよ」
ふと見ると、スタスタと歩く後姿。
今日の言葉「非常ベルのプラスティックのカバーは、結構簡単に押し込める」
それすごいですね。自分の健康にも無関心になっちゃったのかしら、あるいはその子がプラスティック。
いつの間にか、車両トラブルや人身事故が普通になって、電車が遅延するたびに急病人も増えて、遅延証明書の時間も長くなっている気がしますね。
電車に乗る前はトイレに行く。あまりに体調が悪いときは電車に乗らない。これも基本になっちゃいました。
他人に無関心になるのにはそれなりに理由があるんよね。
昔は助けられて感謝が普通なのに、
今は逆切れや迷惑がられることが普通。
どうしてこんな人間ばっかりになっちゃったんだろうって
寂しくなるね。
ほんまやねぇ。。。
でも、ノンビリやっていきたいね。