比叡山延暦寺(2008.8.17)

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織田信長の焼打ちであまりにも有名な比叡山延暦寺
そういえば行ったことないなと。父に誘われ比叡山延暦寺へ。出町柳から叡山電車、叡山ケーブル、叡山ロープウェイと乗り継ぐと比叡山の頂上に着くので、そこからシャトルバスで延暦寺をまわります。
シャトルバス、すなわち広大な敷地だということ。東塔・西塔・横川の三塔があり、例えば東塔だと根本中堂を中心に、大講堂・戒壇院・明王堂・大師堂・浄土院などの建物があり、大小合わせると千近くの建物があるそうです。
一日じゃまわれないし、遭難してもわからない。
じっくり見たり、休憩したり、素通りしてみたり、お土産を買ってみたり、人気のないところで鐘をついてみたり、絵になる建物を写真に収めてみたり。東塔にある根本中堂で「不滅の法灯」を覗き込んでみたり。こちら延暦寺の創始以来、1200年間一度も消えたことがないそうです。朝・夕に油を足すんですって。「焼き討ちの時に消えなかったの?」と息子が住職さんに尋ねると、実は一度消えたと。約430年前に織田信長に焼き討ちにあって、ほとんどの建物が燃えてしまい、その時火も消えたそうです。だけど、根本中堂から分灯している○○寺(名前を忘れた)で本尊と同じように灯し続けている火があって、そこから火を持ってきたのですって。
だけど写真のここ。
西塔の釈迦堂だけは、すごくこわかった。釈迦堂の周囲だけ空気が違う。空気が私に呼びかける。釈迦堂の奥から、何人もが私のことを呼びかけている気がした。
「こわいよ、こわいよ、ここなんで?こここわいよ」何度も呟く私。頭が混乱しそうで。厳かさが、こわかった。柔軟性が、こわかった。

五山の送り火(2008.8.16)

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(左上に「大」の文字)
京都の夏といえば五山の送り火。8月16日の夜、市内を取り囲む山々に大文字、妙法、船、左大文字、鳥居の文字が浮かび上がります。そのゆらゆらとした火を見ているうちに、大切な友達と挨拶なしに別れてしまったかのような、何ともさみしい気持ちになります。夏の折り返し地点。
お昼に船岡山から準備中の山々を見て、金閣寺で護摩木も奉納したので、今年の夜は出かけなくてもいいかなと思っていたのだけど、表に出れば見えるものを、家に引き蘢ることもないなと、思い立って嵐山へ。
その日は嵐山で灯籠流しをしているから、甘い感傷にひたれるなと思ってみたのです。ちびこい頃に、家族で嵐山の灯籠流しに行った記憶がとても大切なものになっているのです。
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(右上に「鳥居」の文字)
鳥居形と、大文字が見えました。
送り火も灯籠流しも、どれも孤独で静寂。だから好き。

私にはすごいものに思える

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同じ竹からできている柄杓なんて見るの初めてで、だから写真にとって、そしていろんな人に見せたけど、どうも、普通のことらしい。むしろ合理的でお金がかかっていないとも。
確かに、普通に置いてあったけど。
そうなんだ?
私には、すごいものに思えるのです。

金閣寺(2008.8.16)

金閣寺
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本当にキンキラキンなんだね。すごいや。
なんて悪趣味で綺麗。紅葉にも雪にも映える金色。
超絶しているね。

東寺 万灯会法要・盆踊り(2008.8.15)

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今年も東寺さんの盆踊りへ。
先代に続き二十一燈会(東寺さんを守る会?)に参加している父にとって、この盆踊りはビッグイベント。夏が近づくと、娘と孫が8月15日の盆踊りに来るかどうか、何度も電話で念押ししてきます。そんな父の勢いにつられて娘と孫は毎年参加を楽しみにしています。
去年は須磨海浜公園で泳いだ後に浴衣に着替えて、一昨年は富山で鮎つかみをした後に浴衣に着替えて、今年は広島からの帰りに浴衣に着替える気力がなかったので普段着で行ったら父親がションボリとしていた。孫はちゃんと甚平さんに着替えていたのにね。
そして門前にある灯籠を指差ししながら「ほら、ミカちゃん、ココが先代の名前で、こっちがあんたのおばあちゃんの実家で」と説明しだすのも毎年のこと。
外人さんたちが江州音頭を楽しげに踊っていたのだけど、そのノリはクラブ。
父親が鼻タカダカになれるよう、来年は浴衣を着ますわ、父上。
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広島平和記念資料館

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(原爆ドームを忘れないために)
広島平和記念資料館に行ってきました。
知らないことだらけだったというか、見て見ぬフリをしていたというか。広島平和記念資料館では、被爆地という被害者からの目線に偏ることがなく、原子爆弾投下の惨状を克明に伝え正確な知識を共有することで、無知の恐ろしさ、人が権力を求めることの愚かしさを伝えようとしている。
心の中がザワザワする。